死への恐怖

なにもかもが嫌になって死に逃げようと

夜の海に向かった。ずっと思っていたことだ。

11月下旬の海その日の天候も悪く、高く大きな波は黒い龍の大群のように荒れ狂い、その恐怖に足がすくむ。防波堤の先に一つだけ立つ緑の明かりが、砕ける大きな白い波に飲み込まれては現れて、また飲み込まれる。唸る海に私は近づいて今に朽ち果てそうな気のはしごを三段登って防波堤に立った。

奥に行くにつれて波が大きくなっているのがここから見える。

見上げると白く穏やかな月が浮かんでいる。静かで、この海とは大違い

あそこに行けたら、あそこで静かに眠れたら、過去の私が海に沈むまでを

あそこから見られたら、今感じるのは恐怖。目の前に広がる黒い深い海への恐怖

私は防波堤を歩き出した。

大きな波が私に降りかかり、それでも進んだ。

何度も威嚇をしてくる波に私は全身濡らされて、防波堤の先端にたどり着いた。

私は緑の街灯に捕まって海を眺めた。

ここにたったひとりで飛び込む。

できる。

いや怖い

ここで死ねば私が最後に感じるのは底知れない恐怖と孤独。

所詮、私は死ぬ勇気もない。

背を向けて戻ろうとしたその時、海から大きな唸りが聞こえた

大きな波がきたのだとわかったと同時にそれは防波堤を襲って

振り返ると白い波が私の頭上にそびえ立ち、次の瞬間飲み込まれた

足を掴まれ、体は波に押され、海に引きずり込もうとした。

私の体は防波堤の淵で止まって、目の前には黒い海が私が落ちるのを待っている。

私は走った。ずぶ濡れのコートがあまりに重いので海に捨てた。

地面はヌルヌルと滑って思いっきり走れない。寒さは全く感じないどころか

この海の中はきっと暖かいと思っていた。

波が襲いかかるその度に地面に捕まって、波の飲まれながら体がもっていかれないように身を固めた。殺される海にさらわれる

前にも後ろにも波が私を捕まえてやろうと防波堤を飲み込むが足をさらうほどの波はもういなかった。私は逃げ切った

月が見ている

寒さは全く感じない

胸の動悸は痛みをともなって、海を振り返るとやはりそれは恐ろしい黒い龍の大群

車に乗り込むと頭痛、逃げるように発進させた。急に寒さが私を襲い

体が震えだした。なぜ寒くなかったのかわからない。

もしかしたら、人は死ぬ時痛みや寒さを感じないのかもしれない

私は死ねなかった。死を冷やかしただけだそこでみたのは死の先にはなにもないということあるのは恐怖あの中に死ねば私はその恐怖に永遠にとらわれてしまうのかもしれない。私はあの波から逃げる時、今までにない命の恐怖の中、笑っていた。でも怖くてたまらないなぜ、どっち。死にたいの生きたいの笑うのは誰?私は恐怖の中必死に逃げていたのだから笑うはずがない。でも確かに笑った。

わからない。あの波が私をさらうなら

海が私を暗闇に引きづりこむなら、そんなにも私の命が欲しいなら。あの波を忘れられない。夢にみる。あの時無様に逃げる私を無情にさらってくれていたら、よかったのに。わからないなにも。私を求めたあの海を愛している。わからない

 

私は死のうと思っていた

死ねばそれまでだし、死にぞこなえば

少しは生への活力もでるとおもったけれど

私に植え付けられたのは、死へのさらなる憧憬だった。

もう私は死への憧れから逃れられない

愛する人の悲しみも考えられない私は最低な人間になってしまった。

ここからもちなおすのはきっと難しい

どうしたらよいのかわからない